深夜、病院の非常電源系がすべてダウン
集中治療室は真っ暗・人工呼吸器もモニターもすべて止まった
1月のHFseminarでは昨年の院内改修工事後に起こった「ICU停電事故」(院内の「非常電源系」が全てアウト)について考えました。
機器のちょっとしたトラブルに設備(設計)の不具合が重なり、事故が拡大した事態でした。当夜の夜勤看護婦を中心としてヒューマンファクターの良い面が発揮され(別名「火事場の馬鹿力」)、何とか犠牲者を出さずに済んだ事例です。このことについて考えたいと思います。
尚、この院内LANはほぼ公開されているため「検討」部分にもかなりの省略があります。もし、ご希望があれば個人的に申し出てください.
* * *
*日常業務の延長とはいえない事態が発生したとき、どのように行動し危機を脱するか?の実例として今回の事故を考えてみたいと思います(「素材」の提供で、もちろん「模範解答」はないのですが・・・)
停電事故の経過
・深夜、集中治療室が真っ暗になった。
・稼働していた7台の人工呼吸器が止まり、モニターも消えた。
10.4.深夜4:23分突然集中治療室内の電気が消えた。7台の呼吸器が止まり、患者の頭側と監視室のモニターもすべて消えてしまった。
ICU内のすべての電源やモニターは「非常用電源」になっているはずだった。監視室の室内灯(常用電源系)はいつものようについており、廊下の夜間灯もいつもとかわりないようだった。普通の停電であればほぼ瞬間的に自家発電に切り替わる。天井の照明は「豆電球」に変わるはずだ。その後、最近のコンピュターの入った機器は設定がリセットされてしまう可能性があるので、変化がないか見て回るだけでよい(はずだった)。しかしその夜はちがった。消えたままだった。
その夜、ICU内で人工呼吸器を装着されていたのは七名(その他病室)。ICUの中には3年目のKが一人、監視室内でモニターから記録を取りだしていた8年目のTだけだった。モニターが突然消えたのでTが周りを見回すと、ガラスの向こうのICUの電気が消え、呼吸器も全て止まっている。Tはまっすぐ全く呼吸のできないm(小児)の所へいってバッグをおした。内部にいたKは担当のIのバッグを押し呼吸を確保した。その時ちょうど巡回から二年目Mが帰ってきた。Mは瞬間的に停電とは気がつかなかった。監視室側はこうこうと電気がついているし、ICU内は夜間になれば調光器で暗くしていることもあるからだ。ところがTから大きな声で呼ばれた。「呼吸器が止まっている」「こっちへきてバッグを押して!」。
*注 「バッグ」というのは通称「アンビューバッグ」と呼ばれるもので、蘇生時など手動で人工呼吸を行うもの。
リーダーのTは定時の巡回で、ICU向かい側の318号に入ったところだった。停電に気がついたTはまっすぐ呼吸不全のhの所へ行きバッグをおした。何が起こったのかわからなかった。ただ、7人の人工呼吸患者に5人の看護婦しかいない。人手が足りない。ICUの中から電話で4階に応援を頼もうとMにバッグを替わってもらい、電話をしようとした。暗がりの中で番号が見えない。なんどか間違ったあと、やっとつながった。「手の空いている人はみんな来て欲しい」(どうしたんですか)「停電で呼吸器が全部止まってしまった」。4階ではその時詰め所にいたのは二人。一人は巡回から帰ってきたところだった。もう一人はまだ巡回の最中だ。しかし、考える余裕はなかった「とにかく」と一人がまず3階へ駆けつけた。もう一人は巡回中の看護婦を呼びにいった。「あなたも行って。ここはひとりでいいから」。
応援の2人が来るまで、Mはこのままでは危ない、廊下はついているのだから、他の部署から電源がとれないかと考えながらわずかに自発呼吸のある患者sとhoのバッグをベッドの間を移動しながら交互に蘇生バッグを押していた。Mは呼吸管理の経験があったのでバッグを押すこと自体はそれほど苦労はなかった。ただ人手がなく手が放せない。思ったことができない。
応援のOは暗闇の中でいきなり蘇生バッグを預けられた
応援のOは暗闇の中でいきなり蘇生バッグを預けられた
4階から応援に行ったOはTから「あなたここ」といきなりバッグを渡されたが、そんなことは初めてだった。真っ暗な中で酸素コルベンは全開にされピーッと鳴り続けている。アンビューバッグは酸素で膨らんでパンパンになった。どうしよう、と思った。ICUのKがバッグを外し患者の痰をとってくれた。
4階の応援が来てバッグを渡し、手が空いたリーダーのTは管理当直(看護婦長)を呼び出した。同時に、当直医、ボイラー、守衛室に連絡した。そのあとICU以外で呼吸器を使用中の部屋を見てまわった。「異常なし、よりによってICUだけだ」
巡回からかえってきたCには何が起きているのかとっさにわからなかった。暗い中からよばれてkのバッグを押したが真っ暗なうえに、バッグを押すことになれていなかったためスムーズに接続できなかった。
ICUの中にいたKはiのバッグを押していたが4階の応援、当直医が来てからはバッグをかわり手の足りないs,hの所にいったが、4階の看護婦に替わっていたhやyの呼吸が充分でなかったり痰が詰まったりしたことから戻り、サクションをしたあと、自分の場所と交代した。
管理当直のNはTからの「ICUが停電で大変です。すぐ来て下さい」との連絡で3階にかけつけた。その時詰め所にはTがいて暗がりのICUの中では 看護婦4名と応援の看護婦2名、当直医がバッグを押していた。とりあえず手が足りていると判断したNは何が起こったのか確認するために守衛室に行った。守衛は電話番号を探していたが緊迫感が感じられない。Nは臨床工学技士(CE)-Sに電話がつながったのをとりあげ、自分で叫んだ「3階のブレーカーが落ちたようだ。復旧しない。すぐに来て」
呼吸器の電源すべてを生きている廊下からとった
呼吸器の電源すべてを生きている廊下からとった
CE-Sはちょうど父親が車で帰ってきたところだった。Nからの電話にSは「K部長も呼ぶように」と伝え、そのまま車で病院に駆けつけた。4:50到着。まっすぐCE室から電源リールをもって3階にかけあがった。配電盤を確認したところ異常がない様だったので、生きている廊下から電源をとり、呼吸器のいくつかにつなげた。ちょうどそのころボイラーのOもNに頼まれ電源コードを持ってきたところだった。これでとりあえず呼吸器の電源は確保できた。ICU内の床はコードだらけになったが呼吸器が動き始めた。手が空いたせいで皆少し落ち着いた。
とはいってもモニターの電源は切れたままで、ICUの中は真っ暗だ。薬液注入のシリンジポンプなどは内蔵のバッテリーで動いている。バッテリーは30分程度しか持たないはずだ。CE-Sは機材庫に残っているシリンジポンプを確認した。このとき幸いにシリンジポンプの数には余裕があった。これを使って取り替えながら充電しようと思った。そのうち朝になるだろう。
ボイラーのOと3階のブレーカーを確認したが問題はない。外の配電盤のブレーカー(図“1”のこと)を確認したところ落ちており復旧させようとしたが、バーンとはじかれてしまった。Oやボイラー室(設備担当者)には改修工事中のために、ここに配電盤やブレーカーが移設されていることをたった今まで知らされていなかったのだ。
ICUのなかでは電源をすべて廊下からの電源コードに切り替えていた。やっと皆手を離せるようになった。5時少し前だ。(原因がわからないので)電力の消費をおさえるためエアコンもとめた。そうこうしているうちに偶然電源が復旧した。ベッドサイドのモニターも見えるようになった。少しの間、落ち着いた状態が続いたような気がした。この間に3階の2名は急いで他の病室を見て回った。シリンジの交換、点滴の補充・・・・。
これでなおった、と思ったCE-Sは医師Sと1番ベッドからどこが原因だったのかをチェックし始めた。1番ベッドは数日前電源のトラブルを起こしてブロック交換したものだった。4番までひとベッドづつ電源を「通常」に戻していった。1番ベッドから4番まで終了し 5番(つながった隣の部屋)の電源を切り替えようとしたとき、また停電になった。また、皆ばたばたとICU内の呼吸器の電源をコードにきりかえた。今度は「2回目」なのであまりあわてなかった。バッグを押しながら Sが指示した「いまのところ落ち着いているんだから、これで死ぬことはない、これでいい。設備のチェックは人手のある日勤でやろう」。
その後しばら-くして、K部長と電気技師が病棟に来た。電源をチェックをしたい様子だったが断った。「今、やっと落ち着いたのだからチェックは人手の多いときにして欲しい」。
* * *
事故の概略は以上です。
一昨年来のCRM(HF)セミナーの後半で「問題解決」を学びました。それを思い出して下さい。
日常的に起こってくる「問題」の多くはSOPとか手順書、マニュアルに従って解決できます。多少のバリエーションなら「経験」で何とかなります。しかし、それ以外のこと、まして時間と人の余裕のないような時に何か起こったら・・・というのが今回のテーマです。
その前にハード的にはどういうことが起こっていたのか?ということです。もちろんその時は何が起こったのかは全くわかりませんでした。
「起こったこと」を単純化して考えると
1)改修したICUベッド(各8-10個の電源)のどこかの電源と使用機器のあいだに過電流がながれ(ショート)た。
2)その結果、ブレーカー②でなく上流の①が落ちた。 3)非常電源系が全てダウンしてしまい、「被害」の範囲が拡大した。 |
1)被害を限局化するはずのブレーカーが被害を拡大した。ブレーカーの目的は当院では「火事を起こさないこと」だけで「トラブルを限局化する」と言う発想ではなかった。
2)ブレーカー①とブレーカー②の規格上の容量は「同じ」だった?が、工事時期(業者も)が違い②が新しく、①はかなり古いものだった。その結果上流に位置するブレーカー①が作動した可能性がある。
3)過電流の直接の原因は不明。だがこの設計なら「いつかは起こる事故」だった。集中治療室内は1ベッドあたり頭側に8-10の電源があったが、ベッドごとのブレーカーは設置されておらず、8ベッド分で一つだった。従って、どこか一つのベッドのトラブルで過電流が発生すると8ベッドのすべての電源が落ちてしまう可能性がもともとあった。さらに内部照明なども「非常用電源系」なのでこれも落ちる。
この事故後、原因不明のまま、①と②の容量の「差」を付けると同時にベッドごとのブレーカーをつけ、その位置と存在を周知した。
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