大腸内視鏡検査中に穿孔。腹腔内にエアが注入され、呼吸停止!
また起きてしまった
関係者:
術者 消化器内科医A(専門医)、上席医(専門医・指導医)、外来看護師(複数)、外来婦長、病棟婦長、病棟看護師、
応援医師B(心臓外科)、応援医師C(循環器科)
整形外科の患者さんが、術後、イレウスになった。イレウス管を入れて減圧したい。上部から試みたが効果的でなかった。それで下部消化管の内視鏡をして原因を探す・・・・となった(らしい)。この患者さんは慢性透析患者で人工血管による内シャントが造設されている。
事故報告書はまだ出ていない。とにかく「下部消化管の検査中に穿孔、呼吸停止・心停止」になってしまった。
経過は聞くところによると、前回(ヒューマンファクター事始 番外20)とほとんど同じようだ。事態悪化の「要因」も似通っている。
←このことが大きな問題
「一点集中」
1)検査に関わったメンバー全員が画面に「一点集中」してしまう条件にぴったり「はまってしまった」(番外20参照、魔の条件は別稿)
その結果、だれも”患者さんにおこっていること”を見ていないことになりがちだ。
2)仕事の分担と協働が不適
確かに看護師の一人は患者につくことになっている(モニターや介助)。「何もトラブルのない時は“本来の役目”」をはたしている。しかし、今回のように、検査が順調でない場合には、意識は”自分も術者”になってしまう。画面に見入ってしまうのだ。
3)正常化バイアス:
患者さんの観察(モニターも)をしていて、表情もふくめた「異常な値」は表われていたはずだ(警報)。ところが 「マテマテ」バイアスによる警報への判断が遅れ(「動いたからSPO2が正確にとれない」などと都合のよい解釈をしがち)、発見の遅れ、対処の遅れ、となってしまったようだ。
4)コンプラセンシー:
「モニターはちゃんとつけてある」という自己満足・安心感も、3)の判断の遅れを誘発した。しかし、モニターはせいぜい「鳴る」だけ、何もしてはくれない。
5)間違った「改善」「合理化」による初期対応が遅れた
「めったにないことの準備をするのは不経済」⇒「トラブルを想像できない弱い組織」「過去から学ばない組織」(不都合な過去など忘れたい。伝えられない)
★ 「時間軸」「タイムスタンプ」も重要「めったにないことの準備をするのは不経済」⇒「トラブルを想像できない弱い組織」「過去から学ばない組織」(不都合な過去など忘れたい。伝えられない)
繰り返すが、私たちの日常では、ある手技を実施したからといって、即、死亡、なんてことはめったにありません。一つ一つの出来事の間に「時間」は意外とあるのではないかと思います。ただ、それが明らかにされていないことがほとんどのような気がします。「記録」として残っているのはせいぜい「出来事」の「順序」だけです。この時間軸の調査の問題は後述(急変の発生からの記録も重要。RRT研修の資料 参照)。
この少しの時間に、①気づく ②指摘する ③修正する といった「エラーの回復過程(Sasou-Reason)」が働けば、被害は最小で済む可能性がうまれます。
時間を調べるのは記録の正確さのためだけでなく、「その時間」をどうすれば、回復の可能性を追求することができたのか、と考えるためです。
★「予防」よりも「気づく工夫」を
産総研の中田氏は、ヒューマンエラーや突発的なトラブルの予防は難しい、「ならば気づく工夫をもっと考えるほうが効果的」、という。以下は中田氏の意見そのものではないのですが・・・
① 気づく ために
ⅰ.必要なブリーフィング(外科の「タイムアウト」に準ずる)
目的、患者のリスク、予測、KY(具体的に)、仕事の質、チーム
ⅱ.モニタリング
悪いことが起きることを予測して観察active monitoring
ⅰを具体的に考えたモニターの使用、アラームの設定
「モニターが付けてある」ということで安心・自己満足していないか?
モニターをモニターして判断するのはあなた、だ。
正常に装着され、正しくモニタリングできているか?
測定間隔は?表示されている値はリアルタイムか?数分前のものか?
使っているモニターが何を意味しているのか?
*ここで気がついたことは、患者モニターの画面(デイスプレー)が可動性を重視しているためか(経済性のためか)小さすぎるのではないかということ。他の物(明るい内視鏡の画面)がなければそこそこ見えるモニター表示も、「注意」の大半は大きくて明るい内視鏡の画面に使われ(奪われ)てしまっている。
*治療をする内視鏡とセットのモニターは千万単位の投資、しかし患者の状態を把握するモニター類は?となると、保険で評価されていないので病院の意識次第、現場の意識次第。
*「患者ーモニターー介助・監視者」の位置関係も重要。患者の状態やモニターが嫌でも目に入るような位置関係が必要(視野に入っても「意識(注意)」の視野?に入らなければおなじだが)。
ⅲ.業務分担の明確化と協働
ⅳ. 「気づき」が遅くなる要因
モニタリングのバイアス:正常化バイアス、similarity vias, frequency bias
⇒決定の先延ばしが致命的になる
コールアウト:「なにか(不都合なことが)おきている」不安感を発声することを許容
情報へのアクセスのし易さ、取り出しやすさ
② 指摘できるために
ボトムラインの明確化、何をコールアウトするか?タイミングは?ブリーフィングで危険予知
日常的に指摘しやすい雰囲気か、指摘されたとき感謝を表しているか
③ 修正
緊急を判断できるか?「判断」はすこし大げさでもよいのではないか?(組織として許容を明文化するのがよい)
援助の要請の判断、提案、RRTの活用
しかし、とりあえず初期治療は現場で出来なくては・・・・・「もの」もなければ
★「code blue」では遅い (5)について)
結局、レントゲン透視室で担当医や外来(内視鏡担当)看護師らが、血圧が触れないことに気づき、騒ぎ、上司を呼んで・・それからBを呼んで、Bの判断でCを呼んだ、という時系列になりました。ただし、時間の目盛りは不明。
RRTというよりcode
blue状態です。
Code blueが機能できなくなる「合理化?」「改善?」
過剰な現場のコスト意識が「必要なところに必要なものがない状態」を作っていることが、いざ何かあると露呈します。いざという時に「ものがない」「(役に立つ)人がいない」のです。
今回露呈したのは、いつのまにか、各フロアで共通仕様の救急カートの中身が(取り払われ)、日常的に使う道具箱に「改善」されていたことです。
集中治療室や手術室以外では事故や急変などそんなにおきるものではありません。そんなことから「普段使わないもの」は現場の過剰なコスト意識(無知)で、常備しないことになってしまっていたのです。こんなことが管理能力として評価される風潮まであります。(以前のHF講座でも中途半端な「改善」の危険性についてレポートしたことがあります)
医療現場では「もの」が片づけられると、その知識(のある人)も片づけられたようにいなくなります。「これは何に使うんだろう?」という疑問や探究心も浮かびようがありません。
全体を見ない人ほど「目の前のコスト」を主張する傾向があります。救急時の薬剤(カートの中の)や消耗品なども運用の工夫でロスもほとんどなく維持できます。「ロス」が発生するからといってやめることなどできませんが。
そもそも、「めったにない事」のために用意されているものが「めったにないから」と、片付けられてしまっているのは悪い冗談です。
確かに急変対応と効率性(経済性)はそこだけを見ると相反するように見えます。だからこそ、ゲーリーUSスチール社長が20世紀の初めに「安全第一」「・・」「・・・」とわざわざ言っているのだと思います(「・・」は調べてみてください)。
実時間で時系列を再現、何をしていたか?どう動けばよかったか?を検討すべき
☆駆けつけた時には点滴ルートすら確保されていない、状況で、BとCがCPRをしながらCVCを入れました。しかし、すべて後手後手となりました。ここまでにどのくらい時間が経過してしまっているのかわからないのですから・・・あきらめざるをえませんでした。
☆BとCは二人とも先に「腹腔穿刺(排気)」をすればよかったかもしれない、とCPRをしながら考えていました(それでショックから回復した経験がありました)。が、一つ一つの対応があまりに遅かったので、「これでは無理」と気力も途切れてしまったといいます。
☆時系列を実時間で洗い出す調査と、そこで何ができたか、現場にいたメンバーが何を考えていたか、何をしたか、を知ることができなければ、急変からの回復は次回も望めなくなります。
組織事故としてのアプローチ
★事故後、院内安全委員会のメンバー(当該科の看護師長)に「レポート遅れ」の原因」を尋ねてみました。すると「担当医が(レポートを)出さないから・・・」という回答でした。
「えーっ!結果OKのインシデントじゃないから、調査は当事者の意思なんて関係ないんじゃない」と私。「どうでも良いレポートは上から目線でもっともらしく解説してたくさん出てくるのにね」と皮肉っぽいDさんも。
もう少し、話を聞いてわかったことは、この問題を「A医師個人の失敗」と矮小化して捉えていること、でした。「A医師の失敗だから、A医師が反省のレポートを提出してからでなければ始まらない・・」というわけです。
私たち(HFグループ)としてはA医師の問題は、内視鏡検査そのもの、事故発生の予測と対処にもあると思いますが、チームとしての問題のほうが大きいと考えています。大体、私たちが、経過を追って考えようとしても、医師BとCのことしかでてこないのです。そのほかのスタッフは何を考え、なにをしていたのか?です。これは積極的に聞き取りしなければ記録として残りもしないのです。
「技術的な失敗なのか」「リスクのあるケースで、ある割合で起きうることがおこったということなのか」という検討と同時に「誰もが気がつかずに、心肺停止にまでいたったのはなぜか?」「初期対応の問題は?」「(人が変わっても同じ事故を)繰り返した原因は?」と考えるのが組織事故へのアプローチなはずです。「人やもの」に関するサバイバルアスペクトだって考える必要があります。今回の事故での問題はむしろ、後者(4つ)なのです。
そもそも「事故」は「消化管穿孔がおきた」時点だけではなく、「CSの決定」「リスク判断」「急変の予兆」などから「心肺蘇生を諦めざるを得なかったところ」まで一連なのです。
A医師以外の「要因」はないのでしょうか?(番外20と)同じ事故が時期とキャストがかわって繰り返したことはまさに典型的な「組織事故」といえないのでしょうか。
事故調査の原則はいくつかありますが、この原則に従って「事実経過」(その時主観的に考えたこともふくめて)を記憶の正確なうちに残しておかなければ、数年前心理学会で山内桂子先生がおっしゃった「調査にはいっても、(聞き取り資料など)肝心の情報が何も残っていない」ということになります。
・事故調査の目的は(唯一)再発防止(ICAO)
・事故調査はの目的は(原因をひとつに断定することでなく)可能性をさぐること(垣本由紀子 元運輸事故調委員、日本ヒューマンファクター研究所)
・事故調査報告書は目的が再発の防止であるから、推定原因が含まれる(小林忍)
共通しますので、こちらも読んでみてください。
・調査委員会は「チーム要因」に触れなかった
・「運悪く?」誰にも合併症の経験がなかった
・緊急時の対応の組織的体制
・事故・緊急事態を宣言できなかった主治医
・「一点集中」とチーム意識・機能
・組織の硬直化、意識の隙間(組織の隙間)
・隙間に起こっていること (表)
・緊急時の対応の組織的体制
・事故・緊急事態を宣言できなかった主治医
・「一点集中」とチーム意識・機能
・組織の硬直化、意識の隙間(組織の隙間)
・隙間に起こっていること (表)
別稿、勉強会資料のRRT,METも参考にしてください
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