本日のヒヤリハット 4  血清ナトリウムが・・・


血清ナトリウムが116mEq/l なのですが・・・
~「3人寄れば文殊の知恵か?」 それとも「社会的手抜きか?」~

ある日、他院の救急部から連絡が入った。

「貴院通院中のKさんですが、夜間、発熱で当院に受診されました。”コロナ陽性”で軽い肺炎を併発しているようですので、隔離病室で管理しています。ところで、患者さんにお聞きしても自分の病気のことがわからず、お薬手帳も持っていません。持参の薬もバラバラでした。簡単でよいので病名と経過をお知らせいただけませんか?ところで 血清ナトリウムが116mEq/lだったのですが・・・」

  この患者さんは、重度ではないがいろいろな病気をもっていた。そのため「専門家」が3人、数年間、おのおの外来でその患者さんの「病気(の部分)」をフォローしていた。経過は、そこそこ良好で、本人も自覚症状なく、日常生活に困るようなことは無いようだった。

では、(3人寄って)「文殊の知恵」になるはずだった「3人」はどんなふうに診ていたのだろう(以下推定です)

  • A医師:高血圧と不整脈のフォロー。ずっと安定しているので「お変わりないですか?」・・・「じゃあまた同じ薬を出しておきますね」と8週毎に予約。心電図と胸部写真をみて、不整脈薬の血中濃度はB医師の採血スケジュールに合わせ採血してもらっていた。主病を見ているBがおこなっている(採血の)「検査結果ページ」を電カルで覗き、「薬の濃度」と「異常値がない」(赤や青の表示がない)のをみて「OK」と。
  • B医師:3人の中では最もきちんとした定期フォローアップの「枠組み」を作っていた。毎回「抜け」なく検査でフォローできるようにと「セット化」していた。そうやって肝機能と内分泌系のフォローをしていた。
  • C医師:A,Bのあとから、依頼されて、この患者さんにかかわるようになった。ほかの二人が全体を診ているのだろうから、自分は呼吸系の検査をしっかりフォローすればいい、と考え、実際、機能検査を定期的におこなっていた。

 3人を見ると分担した「分野(部分)」と自覚するところは確かに「抜けなく」みていたし、その「部分」のフォローには問題はなかった。「部分の合計がすべてではなかった」」。血液検査で「異常がなかった」のは、単に検査していないからだった。つまり、Na,K,clという最もありふれた検査項目がリストからぬけたままだった。そしてそのことに何年も気づかなかったのだ。

 

どんな要因が考えられるのだろうか?

 

社会的手抜き・依存

「3人寄れば文殊の知恵」という言葉は、皆で討論し知恵を出し合えば、1113 以上の知恵やアイデアが生まれる、ということを意味している。ところが、「綱引きの例」に挙げるように、人数が多くなるほど一人当たりの力の出し方は下がり、8人になると50%以下になるという。これを心理学では「社会的手抜き」といい、「誰かがやるだろう」「自分の発揮している力の割合はわからない」「自分の影響力は少ない」という風に、悪意がなくとも他人に依存しがちなことをいう。

 

共同作業の落とし穴

 また、3人で別々に見ているとはいっても(暗黙の)共同作業だ。ふつうは仕事のコーデイネーション(うちあわせ)、や両方の仕事の進捗をみる(あわせる)といった作業をしなければ、「あわせて3」にもならないし、知らないうちにとんでもない方向へいってしまうかもしれない。

 共同作業の場合、人数が多い場合は、「きちんと打ち合わせ」をしなければバラバラになり仕事が進まないため「必須」なことは明白で、実際に無駄なくらい行われる。しかし、人数が少なくなるほど省略されがちだ。また、「物理的に近い場合(接近作業)」(この場合同じ病院で同じ電子カルテを共用している)でも省略されやすい。「わかっているだろう」「1年生じゃないのだから・・」なのだ。さらにこの場合は、患者さんの様子も変わらず、頻回に「同じ検査」を繰り返していた。「マンネリ」というか「どうせ変化はない」という「眼」で見ることになる。

 

「電カル」の共用は複数の職種の目にさらされている(限定はある)という意味で、離れていても他科の知恵を借りることもできるし、全く偶然に、疑問や間違いをきずいてもらう可能性がある、などという利点もあるのでこれからも広がることは間違いない。

しかし、「みんなで見ている」はず、は「誰も見ていない」場合もあるのだ。

 

部門間の過剰な遠慮・経緯、「思い込み」、組織の老化?

 例えばあなたが先輩なら「歳の離れた後輩」と交互(一緒)に同じ患者さんを診る場合などは、頼まれなくともデータに目は通すし、それ以外もうるさく「口を出す」だろう。また、あなたが後輩の場合なら、逆にうるさい先輩から「チェックがはいらないように」検査を多めにすることになる傾向もあるのではないだろうか?

一方、他科のベテランと一緒の場合は、何かに気が付いても「きっと、なにか考えがあるのだろう」とか「気が付いていないわけはない」と考えてしまいがち(過信、専門への過剰な遠慮だ)しかし向こうも同じように考えていたら・・・。また、ベテランだって疲れて忘れて、となる可能性はあまり違わない。(HF講座「アサーション」「組織の老化」などの項をご覧ください)

 

境界領域への関心が組織を若返らせる→チームが強化され,事故が減る?

 今回の重大インシデントは直接には3人が3人とも「抜けていることに気づかなかった」ことだが、同じことをおこさないためにはどんなことが考えられるだろうか?

 

今までの「原因→結果」という線型理論による「事故防止策」では?

  ・何かを禁止すればいいですか?

  ・ダブルチェックなどを義務付けますか?(どの時点で?)

 

参考になる考え方

 こういう重大インシデントの場合、「何かを間違って実行してしまった」とか言うのでなく、「し忘れ(しかも、“その結果”はすぐにはあらわれない)」と「責任の分散」ということになり、対策といっても難しくなります。「しわすれ防止」の仕組みだけであれば、例えば「年に1度は広範囲に血液検査」を自動的にすることを電カルに仕込む、とでもなりますが、採血ばかりの問題ではないですね。

 私にも、こうすればという提案がありませんが、参考までに専門家の考えをご紹介しておきます。(注 このケースに対するご意見ではありません)

・ヒューマンファクターの草分け研究者の海保博之教授は、「頭の20%くらいは、一歩離れて全体を見渡すために使う」ことを提唱しています(ホムンクルスとかメタ認知とかいいます)。つまりそういう癖をつける、ということ?「俺の部門はうまくいっているけど、他は?」と「上から」みわたすことが必要ですね。誰がリーダー(主治医)かもはっきりさせることも必要です。

「しわすれ」については「メモ」や「外的手掛かり」という専門家もいますが・・・

失敗学を提唱した畑村洋太郎教授は、組織の老化についてわかりやすい図で説明しています。HF講座の「組織の老化」もお読みください。

老化した組織(右図の下の円)では、業務の分担がいろいろな意味で「過度」になり、(業務や意識の境界に)隙間が生まれます。そしてその隙間で「事故」「トラブル」が起きやすいといいます。一方、業務が重なっている若い組織の場合(右図の右上)は「重なる領域では、トラブルも多いが、解決するチャンスも多くなるし、チームが学習することになる」と。

 


・「心理的安全」を提唱したA.エドモンドソンは「チーミング」(チームを機能させる)で機能するチームに必要なこととして「心理的安全」のほかに「他者への関心」「境界領域への関心」「協働」などを上げています。「ちょっと、隣の分野を覗いてみよう」という感覚です。

 ・この3人の研究者の考えは、本質的には同じことを主張しているとは思いませんか?

・結局、「共同作業の落とし穴」にはまってしまったようなこのようなケースはこれから沢山出てくる可能性があります。複数科(3科以上)を別々のサイクルで受診する慢性疾患患者などふつうです。そして、それぞれが「3分診療」でまわっています。

 

★尚、Na 110台の低ナトリウム血症は結構重篤で急激に発症すると意識障害にもなりそうですが、幸い慢性に経過したせいか、意識も清明なのが不幸中の幸いです。また、服用している薬剤「個々」の薬剤には「低ナトリウム血症」という副作用の記載はありませんでした。しかし、薬は相互作用となるとほとんど不明です。調べようがありません。

★意外と外来でも軽度の低ナトリウム血症は(主訴として訴えませんが)見かけます。

★とりあえずの「対策」としては「恥を忍んで周知する」くらいしかないでしょうかね。


日本ハムの球場の話など

 最近、医療以外でも「何人もの人や組織が見ていた(はず)のに「抜けてしまった」例が報道されました。日本ハムの新しいボールパークのホームからバックネットまでの距離が3mも不足しているのが、95%完成のいまになってわかった、というのです。野球なので譲り合いのエラーとかなのでしょうか?

 他にも、高速道路のインターチェンジで、「上り」方面の出入り口を忘れたまま完成した例や、定額料金区間で一般道への合流が、一般道の追い越し車線側というところもあります。何年もかけて、多くの専門家と言われる人がチェックしたはずのことが「笑われる」ような結果になることがあります。

 これらは単なるヒューマンエラーとも言えないような気がしますが・・・・


いつものようにまとまりがないのですが、ご意見、ご教示をお願いいたします。

この文章は編集中です

 

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