医療安全 「ヒューマンエラー対策」から「しなやかな安全」へ?

~レジリエンス・エンジニアリングの紹介(その2)~                       

前号(15号)でのレポートは・・・

・「(医療)安全への取り組み」が行き詰まっている[1]

・「複雑(解放)適応系」の典型である医療システムを「線形「linear」(閉鎖系)」システムとしてとらえてしまうことに限界があるのではないか?言い換えれば2000年以降10年間、「医療システムは本質的に安定していて予測可能であると理解されており、標準化はエラーを防ぐための明白な解決法」として取り組んできた。だが、事故があきらかに減少したという証拠はない。レジリエンス・エンジニアリング(以下RE)は「医療システムを不安定、複雑、および可変であると考えており、適応性、柔軟性、堅牢性を安全管理の原則として認識」することを提案している。

・「安全」をどのように定義するかも、考え直す必要がある。安全とは“悪いことがなかったこと”なのか?“

・「ほとんどはうまくいっている(成功)」「何とかなっている(何とかしている)」現場から学ぶことも「インシデント」から学ぶ以上に効果的ではないのか。重要なのは、(成功は)困難な出来事がなかったことでなく、そこにレジリエントな状況を作る個人とチームが存在していたために何事もなかったのかもしれない、と考えることだ。それが「安全(成功に向かう力)」ではないのか?

・「一万回に一度」起こった「失敗の原因」を探し出し「特定し」、「そのこと」を禁止し、マニュアルを改定することだけが有効な対策なのだろうか?その結果、現場では複雑な「マニュアル」を覚えることが目的になり、「仕事」を覚えたり、「工夫」したりという現場の面白さが失われているのではないか?その結果,新たな事故(リスク)が増えているのではないか?毎日の成功から「異なる方法による安全」を学ぶ必要もあるのではないか?

・「デッキに出ろ!」という言葉がある。安全管理者は報告されたレポートから、只々「違反」を発見し指摘するのでなく、計画された業務(WAI: Work As Imaged)と実際に行われている業務(WAD: Work As Done )の乖離を認め、現場で調整されて仕事が成り立っている(成功)現実から学んでいくことが必要なのではないか? 安全管理者は上司に「統計レポート」を上げることだけが仕事になっていないか?

(ホルナゲル 2014「私たちの安全への関心の出発点は、常に事故(実際の不都合の結果)あるいは認識されたリスク(潜在的な不都合な結果)の発生であった。安全が事故のないことだとすれば、潜在的な不都合の結果を探し出し、制御し、封じ込めるシステムやプロセスを開発することは意味がある。これは、うまくいかないことからの学習も含まれるが、問題はうまくいっていることのほうが圧倒的に多い、ということである。それを調査しないのは膨大なデータを無駄にしているのではないか。安全が“異なる方法で実現されていること”からも学習すること、うまくいっている理由を理解すること、が組織の持続的成長になるのではないか?」というのがREの主張であった。 


社会技術システムがレジリエントに機能するための4つのポテンシャル    

では、レジリエンス・エンジニアリングが機能するために組織や人に必要な「ポテンシャル」といわれているのはどんなことだろうか?研究者たちは以下の4項目を挙げる。(注:ここでいうポテンシャルという意味は「できるかできないか」でなく「可能性を持つ」という意味)

1. 対処するポテンシャル。日常の業務および予期しない事態の発生に、直ちに何をすべきか知っていて、それをできるポテンシャル。

2. 先行的に監視するポテンシャル。事態の進行を実効性のある監視指標に注意をはらって監視できるポテンシャル。毎回、事前の備えなしに気づいて対処していては受動的な対処となり、システムは消耗・疲弊する。それゆえ、変化が観測される以前に、その兆候を先行的に監視する。

3. 学習できるポテンシャル:過去の経験から何が起こったのか学習できる。失敗事例だけでなく成功事例からも学ぶ。失われた命はとりもどせない。

4. 予見するポテンシャル。日常でも非日常の事態からも、より長期的にどのような脅威と好機が出現しうるかを予見できる能力。システムに対する深い知識と理解、感度の高い情報収集能力、未来に対するモデルと創造力が必要だ。前例にとらわれない発想も。

つまり、R.E.では、ただ決められたとおりに失敗しないように作業をすればよいのではなく、これらの(4つの)能力を発揮して、よりよく行われる(成功する)ように、状況に応じた調整をすることが求められるのである。この力量がいわゆる「現場力」である。図を見ると土台になっているのはこれまでも言われてきた、良好な作業環境、心身の健康で、TS(テクニカルスキル)を十分身に着け、それをNTS(ノンテクニカルスキル)を用いて効果的に発揮すること。ヒューマニテイを持った使命感がそれを支える。そこに適切なリソース(設備、人、時間、・・・)が保証されることで想定外の事象にも対応可能となる、と考えるのである。




  図は「レジリエンスエンジニアリングを含めた全体論的安全マネジメント」(北村ら)

ただし「安全を守る技術は、科学技術の急激な進歩に追いついていません。・・・・レジリエンス・エンジニアリングがそのすべてに応えることができるかどうかはわかりませんが、そのギャップを埋めようとする一つの努力」と研究者の一人はいう。「これさえすれば」といっているわけではない。


「レジリエンス」に関連したキーワード        


 2005年以降の安全論議のなかで、レジリエンス・エンジニアリングと関連して話題となっているキーワードがいくつかあるのでその一部を紹介する。

1)「心理的安全」:

    チームとしてレジリエンスを発揮するためには「学習しながら実行する組織」を作っていく必要がある。ハーバードの組織心理学者A.エドモンドソンはその活動を「チーミング」と称し、最も重要な要因が「心理的安全性」であるとした(1999)。心理的安全性[2]とは、「率直に発言したり、懸念や疑問を話したりすることによる対人関係のリスクを人々が安心してとれる環境のこと」をいう。それには4つの特徴がある。

    「率直に意見を言う」、 ② 「協働する」、 ③ 「試みる」、④ 「省察する」 である。

 どんなチームでも、メンバーにとって「居心地が悪い」のは意見の対立があることだ。そのために、必要な時にも意見(異見)をいうためらいが生じる。A.エドモンドソンはその理由を

    「質問をしたり、情報を求めたりすると無知と思われないか?」

    「他の人の邪魔をする人間」と思われないか?

    「自分の失敗を話したら無能と思われる」のではないか?

    「ほかの人の仕事に難癖をつける人と思われる」のではないか?

つまり「(周囲からの)評価不安」が率直な意見の交換を妨げていることを明らかにした。これを解消し、安心して発言したり、尋ねたりできる関係が作られ、失敗したり、誰かに助けを求めてもそのことで評価をされることがない組織を「心理的安全がある組織(チーム)」とした。

「心理的安全」という概念が社会的に脚光を浴びたのは、2012.にグーグルが自社に属する多数のチームのなかから成功しているチームの共通要因を外部の心理学者などを交えて調査・公表したことによる。

調査開始前の「予想」は (成功しているチームには)1)カリスマリーダーがいるに違いない 2)フラットなチーム構成になっているのではないか 3)チームの行動基準がしっかりしているのではないか 4)優秀なメンバーが集まっているのだろう、と考えた。ところが、予想は裏切られ、成功しているチームに共通する要因は「心理的安全性」だったのである。

心理的安全をつくるためにチームやリーダーに求められるのは、「率直に話してくださいね」とか、アサーション(安全への主張)、インクワイアリー(質問),アドボカシー とかの個人に「発現する勇気」や「表現の方法」を求めるだけでなく、リーダーのより積極的関与group climateが必要であることが強調された。

それには

1)リーダーがメンバーと個人的に話す時間やかかわる時間をつくる。

2)リーダーは自分の知らないことは知らないという。自分の未熟さをさらけ出す。

3)リーダーは自分もよく間違う、という。間違った経験などを話す。

4)立場の低い人にも「意見を」と参加を促す。自分から挙手しなくとも、指名して問うと多くは発言する。また、質問する順も考える。上席のメンバーの後に指名されても「反対意見」は言いにくい。

5)失敗は学習の機会であること・・・をいつも言う

6)私は「あなたの言いたいこと(あなたに)興味がある」と伝える。

7)発言に対して感謝の気持ちをあらわす。 

などである。

 一方で、当たり前だが仲の良いことばかりを求めているわけではない。あなたの意見が必ずしも賛同を得られるわけではない。仲間にも反論する自由や否定する権利があるのだ。特に「ダメなこと」との境界は明確にし、それ以上は責任を負わせることも明らかにすべきというのだ。「ぬるま湯的世界を作るわけではない」のである。組織としての「成果」も「達成すべき目標」なのである。

医療の世界でも心理的安全性が求められている,とエドモンドソンは言う(「恐れのない組織」「チームが機能するとはどういうことか」英治出版)

医療の例を一つ挙げると、WHO、ハーバードで「タイムアウト」を考案し、世界に紹介したGawande医師はタイムアウト(手術開始時のチェックリスト読み上げ)の最後に必ずこう付け加える医師を紹介している。

「君たちの意見が必要だ。私はきっと何かを見逃しているだろうから・・・」

タイムアウトは「取り違え(防止)」ばかりでなくチームビルデイングの機会でもあるのだ。


2)“Narrative”: ~「数をかぞえる」か?「物語」か?~

 “Narrative”とは「物語」とか「語り口」とかいう意味で、使われる。医療でも「evidence based medicine」に対して「narrative based medicine」ということがある。

現場の安全担当者はめったに“事故”や“大きなインシデント”がない(これはこれで悪いわけではない)ので、集まってくるインシデントレポートを分類して数値化(「可視化」と錯覚して言う人もいる)することが仕事になっている。そして、上司(組織内)にむけた月報を作る。時には「数」を「可視化?」してグラフにし年次推移をみせたり、分類を円グラフ化したりしていることが多い。「棒グラフ」が下降傾向にあることをみて管理者は満足し、現場をわかったような錯覚をおこす。

    現場の適応活動を重視:「事故ゼロ」にも物語がある

しかし、重大インシデント(や)アクシデントがないこと、つまりレポートに示された「事故ゼロ」はネガテイブな結果がないことだろうか?理解すべきもの、学習すべきもの、追求すべきものがないことだろうか? 結果としてうまくいっている理由を理解することは、「失敗」を理解するのと同じくらい重要なのである。これがSAFETY 2のポイントで、WAIとWADのギャップ存在を理解し、どのように調整や(人的にも)適応活動がおこなわれているか、時にはノンコンプライアンスな工夫があるのか?その「成功」が一層うまくいくために、現場の人々が何を必要としているのか?こういう内容はレポートの数を数えても得られない。「私(達)の物語を再現し、話してもらう」(Narrative)ことで初めて検討を得る機会ができるのではないだろうか?

    「数」はストーリーを語らない。イメージもわかず、情報も不足する。

「数」と物事の理解のギャップの例としてよく挙げられるのが、第2次大戦時ナチスのユダヤ人虐殺と「アンネの日記」の関係である。私たちは歴史の授業で「ユダヤ人が600万人虐殺された」と学んだ。が、それでは何もわからなかった。これを世界中に理解させたのがアンネという一人の少女の日記だったといわれている。日記に残された少女の文章は、記載されている事実だけでなく、書かれていないことへの想像も膨らませる。自分が知っているその時代の他の出来事と関連付けて考えることで歴史の理解を一人称で考える(感じる)こともできる。感情に語りかけることにはリスクもあるが、理解や行動への「テコ」となることは心理学でよく知られている。数字では人の心は動きにくい。

    「主観的事故報告」を重視

事故の当事者に「客観的な事故報告」を求めることが多いが、ヒューマンファクターの側からはむしろ「主観的事故報告」に価値がある。「主観的経過」こそが当事者におこった(ともに進行した)物語だからだ。もちろん事故調査の場合は事故を多面的に検討することが必要だが。

ニアミスについて学ぶ上で重要なのは、人々がどこで間違ったのかを見つけ出すことではない。彼らの状況判断と行動が、彼らの知識、目標、ツールと資源に照らして、その時点で理にかなっていたのはなぜか、を突き止めることである。



(図はDekker教授の後知恵バイアス説明例、トンネルの中の当事者の眼で見ずに、事後に外からの眼で“あそこで曲がったのが間違い”と結果解釈を示している。しかし、当事者はトンネルの中を進んでおり、その時に正しいと考えた理由があったはずなのだ)

 統計値は感情や意識を刺激する事が少ない。したがって行動を促すことが難しい(長期的な検討と評価には意味があるが)。レポートを無味乾燥な?数として提供するのも必要だが、「今月のレポート」の中から一つでも「ストーリー」(特に、危なかったが最終的に何とかなった、という例)を提供することができ、それによる議論が作られればチームの生きた学習に結びつくのだ。

  この問題については15年くらい前だが「物語化」として筆者のblogにも記載してある。(別館3「物語る」にもハンガーフライト、組織記憶などの記事がある)

 

他にも、最近の安全論議には象徴的言葉がいくつも出てくる。


例えば“単純化をさける”、“権限の委譲”、“動的チームワーク(チーミング)、自律”など。それほど厳密に考えなくとも、現場のチームで話題にすることも有効だと思う。


組織も人も「レジリエンス」を身に着けるには 

~リーダーたちの言葉~


 様々な現場のリーダーたちの言葉には味わいと説得力がある。

・「安全を自分で考え、行動する」という安全憲章が(「規定」に反しても)命を守る行動を促した」(3.11.JR東)

   ・「これをしないやつは、機長にさせない」:「自分の頭で考える。自分の言葉で伝える。”代理話法“を使わない」「仕事の本質の理解」「仕事の目的(何のためにやるのか)」(Y 指導機長)

・「仕事のゴールを理解」「業務の全体像の理解」が100%の成功でなくとも生き残る力になる(A氏)

  ・「暗黙のうちに実施している現場の工夫」を「安全対策」へ位置づけること(SafetyⅡのなかにSafetyⅠをとりこむ) 様々な制約と変動の下で普段どのように仕事が行われているのか(HG

・「静的」見方で切り取るのでなく、「動的状態」で理解(N

・「動的チームワーク」=Teamingに求められる最大の要因は、心理的安全(E

・組織の公正さと仕事への誇りがもてるか?(OT/HG)、「組織の存在意義」(N cap

・「成功している現場」の“うまくいっている?リスク”を放置しておいて良いのか?リスクのsafety Ⅰでの解決とSafety Ⅱでの学び(HG

・(手術のタイムアウトで)「私は、何か忘れているかもしれない。力を貸してほしい」(DR.G

・「ほとんどの安全はsafety 1 を整えることで達成できる。しかし、多くの組織によっては、それも満たされていない」「自分の組織が“いまどういう段階にいるのか?”で対策はかわってくる」(K氏)


組織の状況が、今どこにあるのか?


「安全」というものの見方、考え方を変えよう。医療は複雑適応(開放)系のシステムの中にいることを意識して物事を考えよう、というのがREだ。しかし、「自分の組織の状況がどこにあるのか?やはり、そこそこにみあった対策が必要とある。レジリエンス的?に考えて組織のレベルは以下の3段階となるという。

                          

    放任 、②ガチガチ 、③レジリエント 

 

は放任状態。「マニュアル」もなく、行き当たりばったり、の対応を「頑張っている」状態。仕事や手順・標準マニュアルをととのえ、環境や設備を管理すること(Safety 1 )が必要になる。


はマニュアルやルールもきちんと決まり、「そのとおりやれば」(やれれば)、めったに事故にならない状態。だが「マニュアル通りでなければ違反」となり、「違反」自体が「悪」とされる。融通がきかないため、状況や自分の少しの変動に対応が難しい。ヒューマンファクターズに基づいた安全トレーニングが必要。例えば航空のCRM,海運のBRM、麻酔科医のANTSなどいわゆるNTS教育が必須。Team STEPS,SBARなどもその派生。


マニュアルやツールはきちんとあり、その上のゴールも理解。仕事を大きくとらえている。想定外や未経験に対する臨床的な自分の判断をマニュアルに優先することが認容される(しかし記録は求められる)。「良いマニュアルには、良い行間がある」ということ。裁量の拡大と説明責任が課題となる。それを担える人と組織も必要。



トップグループの現場では、すでに取り組まれていた?


前号で「レジリエンスが発揮された例」として3.11.を含めいくつかの例をあげたが、彼らはあらためて「レジリエンス」などと教育されていたわけではないその時、とった判断、行動がレジリエントだったということだ。トップグループの現場では既に教育・実践されていたことかもしれない(WAD?)

☆ 2003.6.「羽田」で

「交通規則を守ってさえいれば、事故は起きませんか?」

「みつかった何かの違反だけが事故の原因なのですか?」

「予想された変動以外に、次々と現れ向かってくる“トラブル”“予想外の事象”に立ち向かっているのが医療、私たちの現場(航空と)共通するじゃないですか?」

 

上に挙げたのは、2003.6.の会話である。CRMグループのパイロット達が私に教えてくれた「安全」は、単なる「仕組み」「ルール」や「テクニックの話」ではなかった。何度も。何度も私に話しかけてくれたコーパイのOKさん(現機長)とHOさん(現在引退)の言葉が今も耳の奥に残っている。何も知らずに航空会社の路線訓練部に押し掛け訪問をした当時の私の頭の中には(ASRS[3]を模した)IOMの「人は誰でも・・・」の「失敗から学ぶ」くらいしかなかった。が、彼らはずっと先を見て私に語りかけていたのだ。


「(エラーを)集めて、分類して、周知する」(それでおわり?)などという「安全策」は、彼らにとっては過去のものだった。「そういう“学び”“教育”でよいのですか?」という問いだ。私は答えることができなかった。

 

実際、彼らの教育プログラムでは、後にNTS(ノンテクニカルスキル)として医療にも導入されたCRMMRM(「状況認識」「コミュニケーション」「リーダーシップ」「チームビルデイング」 「アサーション」「コンフリクトリソリューション」「TEM」・・・)が15年以上前(1986)からとりくまれ、改定されつづけていた。例えば「誤解を防ぐ言葉づかいをしない」というコミュニケーショントレーニングから、最近は「より,意図が伝わる言語技術」への取り組みなどである。座学だけでなくコーデイネーターを加え、シミュレーター訓練のビデオを見ながら振り返り、論議を作り出す、など。

担当のTさんは「10年やって、やっと会社の雰囲気がすこし変わったかな?」と謙虚に話してくれた。

 

「レジリエンス」でK教授などが取り上げる「Attitude」も当時から目指されていた。「最終的な目標は個人や組織のattitudeがかわること。それができてはじめて、私たちは世界で最も安全な航空会社になれると思っています」と。[4]

 

☆「失敗学」は古いのか? 

「チーミング」に通じる組織づくり~

「失敗から学べ」と1990年代から盛んになった「失敗学」は失敗の共通要因を水平展開し、同じ構造の事故を他産業(業種)でも繰り返さないことを目指したものだ。提唱者が工学者であったので、工業、交通系の事故をテーマにしていることが多いが、子供の事故まで広い範囲で提案をしている。中でも「組織の老化」や「マニュアル」についての考察はヒューマンファクターやレジリエンス、チーミングにも共通すると思うので少し紹介したい。



                                           

「失敗学」では組織の在り方と「失敗」を図解している。モノづくり(開発系)現場のとりくみを想定しながら図を見てほしい。


円全体が仕事を表し、円のなかの曲線に囲まれたところが「自分の仕事」である。組織が若い時には、それぞれのメンバーの考える「自分のテリトリー」が重なり合っている。お互い「俺がやって当たり前」と思っている関係だ。そこでは意見の相違も生まれるし、軋轢もおこり、ある意味トラブルのもとでもある。しかし組織が活性化しており「多様性」、「共有」、「分権」,「協働」というキーワードが当てはまる組織である。「境界を超えたチーミング」を主張するエドモンドソン教授ならこれに「(他者への)好奇心」「関心」「心理的安全」なども加えるだろう。

CRMでいうなら「建設的(知的)コンフリクト」(建設的に解決された軋轢)が生まれるチームにあたる。ガワンデ医師(WHO,現作家)も「他人に無関心でないこと」を強調している。

 

ところが組織が成熟し、やがて「きれいな分担」ができるようになる(左)と、他人のテリトリーには口を出さない、遠慮する、とでもいう体制になり、一時的には「効率」が上がる。


しかし、さらに経過すると(右下)、他人への関心・境界領域への関心が薄れ、「自分のテリトリー」の中心的仕事だけを重視しがちだ。その方が「組織内の評価」が高くなったりするからだ。やがて、テリトリー(個人やチームの)の間に情報や仕事の隙間ができる。そんなところから事故が発生することが多い、というのだ。「協働」でなく単なる「分業」となる。


筆者は「チーミング」を読んで、真っ先にこの図を思い浮かべた。同じじゃないか!?

*「マニュアル」に関する記述もレジリエンスに通じるので畑村教授の「失敗学」関連書をぜひ読んでみてほしい。


おわりに ~REを半分肯定しながら、現在の医療安全で気になること~


2号にわたって「レジリエンス・エンジニアリング」の私なりの理解を書かせていただいた。


私は「医療」が長い間「無謬」なものとして扱われてきたこと(だから隠蔽?)と、その反対に「事故を刑事(罰)で裁くこと」への反発もあり、安全の科学としてヒューマンファクターズを考えてきた。


その中で、私たちは「責めのない、落ち度を咎めないシステムは、説明責任を問わないシステムではない」(実は真逆)という「果たすべき責任」の論議を避けてきたような気がする[5]。被害者への遺憾の表明と「自分の行為が何らかの形でその状況を招いたと考えるなら、自らの手で状況を改善しようと努める態度」そして「組織が学習し続けることに貢献する説明責任を果たす」という問題だ。


そのほかに気になっているのは、レジリエンスが「個人と現場の問題」に置き換えられ、安易に「金をかけずに現場の努力」「頑張ってね」にすり替えられてしまわないか?という不安だ。「安全のためなら十分にお金をかける」などと思っている経営者は正直、少ないだろう。レジリエンスを推奨する学者たちだって、もっと現場の環境を整える方向にむけなければならないのではない、と思っているようだ。

REをすすめるKT教授自身も「もっとSafety Ⅰでよくなることが多い」という。


変動する条件(たいていは悪化する)のなかで、「よい仕事」を見せてもらうことも多い。ただそのことが「よかったね」「すごいね」でやり過ごされ、改めて取り上げられ、論議されることはない。安全担当者に「分類」と「統計」の仕事が多すぎるのも大きな原因と私は思う。その中には“上部組織”(厚労省や〇〇安全機構・・)からの方針を(忖度して)周知させるような活動まで含まれてしまっているのも気になる。「定められた全体研修」の(形だけの)講演会などあっても(「年間2回の義務」)最も大事な「継続的に現場で安全の論議をつくる時間・文化など、作られていない。自分の脳に働きかけるような「active」なかかわりがなければ何も進まないのだ。

道は遠い。(2022.6.25.この項一部修正)


変動する条件(たいていは悪化する)のなかで、「よい仕事」を見せてもらうことも多い。ただそのことが「よかったね」でやり過ごされ、改めて取り上げられ、論議されることはない。担当者に「分類」と「統計」の仕事が多すぎるのも大きな原因かもしれない。その中には“上部組織”(厚労省や〇〇安全機構・・)からの方針を(忖度して)周知させるような活動まで含まれてしまっているのもきになる。現場で安全の論議をつくる活動などする時間などないのだ。現場にとっても「時間外の学習(無報酬)」になるのだ。道は遠い。

最後に麻酔科におけるNTS教育のANTSを紹介しておく(「麻酔への実践的アプローチ」から)

「ノンテクニカルスキルは、いわゆる技術(スキル)を補完するものである。Aberdeen大学グループは麻酔科医に必要なノンテクニカルスキル(Anaesthetists’Non–Technical SkillsANTS)を、状況認識(situation awareness)、意思決定(decision making)、チームワーク(teamwork)、作業管理(task management)の4つのカテゴリーに分けている。これを結びつけるのが、コミュニケーションとリーダーシップである。同僚の麻酔科医や他診療科の医師、メディカルスタッフとのコミュニケーションを大切にし、患者とのコミュニケーションをよくとることが医療の安全確保のためには重要である。決して、手先のスキルだけに頼ってはならない」

(注 筆者は麻酔科医ではないので具体的な教育プログラムについての知識はありません)


最後に筆者の感想は

・研究者の理論はともかく、末端の現場にいるとどうしても疑い深くなる。REのきっかけが「2000年から何もよくなっていない」という認識だったことを(お役人や安全管理者は)本当に理解していないのではないか?


・なんでもマニュアルのご時世。「レジリエンス・マニュアル」なんてものが作られたら大変だ。 

                                   (以上)



✱脚注 ブログへの編集時につけ忘れていました。お詫びします。(2024.3.追加)


 1.IOMの「人は誰でも間違える」(2000)が出版された後の10年間で、重大インシデント発生率が基本的に同じであったこと(Landrinngan 2010)が指摘されている。実際日本でも医療機能評価機構認定施設のベッド数当たりの医療事故死亡率は減少していないという。


 2.エドモンドソンが「心理的安全性」に気づいたのは約20年前、病院でチームワークの研究をしている時だ。「有能なチームほどそうでないチームに比べてミスが多いこと」に気が付いた。実際の内実は「事故がより多く報告されており、チーム内でいつも話されている」ということだった(「恐れのない組織」 2021)


 3.Aviation Safety Reporting Systemのこと。航空安全の分野で最初に導入された無罰報告制度。ところが報告先が監督官庁(FAA)だったため、パイロットの不信から当初は全く機能することなく失敗した。その後レポートの提出先をNASAのAims研究所に改めたところ、インシデントレポートが集まり始め、現在ではプライベートのパイロットからも危険情報が集まっている。それに対してNASAは「call back」として世界中に情報の発信をしている。医療界がインシデントレポートとしてそれをまねた原型だ。医療の場合、提出先の失敗もまね、修正に混乱したためかあまり機能していない。(筆者も当時、地方の説明会に参加したが「ダメ」だと思った)


 4.JAXAと各航空会社が共同でCRMのプログラムをまとめたものがWEBで公開されている。CRMスキル行動指標の開発」というレポート。JAXA repository から上記タイトルで検索可。


 5.当事者の責任については「ヒューマンエラーを理解する」「患者安全」(S.Dekker、海文堂)


 

★参考文献(前号1-8に追加)


9. シドニーデッカー「患者安全」(海文堂 2020):前著「ヒューマンエラーを理解する」(2015)の医療版。

10. 畑村洋太郎 「失敗学のすすめ」、「運輸安全講演会資料」(youtube動画)

11. シドニーデッカー 「セイフテイ・アナーキスト」(海文堂 2022):

12. エイミー・エドモンドソン 「恐れのない組織」(英治出版 2021):

  前著「チームが機能するとはどういうことか」で強調された「心理的安全性」を例を挙げて解説。

第一章は未熟児治療の例、声を挙げられなかった看護師。福島第一原発と福島第2原発の対比もでてくる。

13. 海保博之 「ワードマップ ヒューマンエラー」(新曜社、1996

14. 「物語る」 http://kotohajimebekkan.blogspot.com/2014/10/blog-post.html

15. 「心理的安全」 https://kotohajimebekkan.blogspot.com/p/teaming.html

動画https://www.youtube.com/watch?v=hkwxm5bTOUU

動画https://www.youtube.com/watch?v=E3jmUFElbD4

16. 「9999人がよいことをした」(2005) http://www5f.biglobe.ne.jp/~kotohaji/HF/HF2nd/bangai_2nd_13.html

 

 

*この文章は2022.1.小さな私的研究会でのレポートをもとにしています。

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